どのような人が露出という性癖に興味を持ちやすいか、露出とは一体何なのだろう?

私は私自身や、様々な露出作品を通して、インターネットの情報、露出に興味のある知り合い等、を通して思うことは、

同じ「露出」といっても、その中でも趣向は本当に人それぞれ様々であるということ。

人前でこんな恥ずかしいことをしている女性の姿が好き、本来はSMが好きで女性にかなりキツイことをさせているのを見るのが好きだがそういう意味では露出も好き、(公共の場でなくとも)人に見られながらするのが興奮する・・・

何でも激しいプレイが好きだから露出も好き、こんな人前でこんな恥ずかしいことをしている(させられている)という行為にM性を強く感じる、冷たい目で見られたり笑われたりといった反応で興奮する、解放感が好き、男性に見せつけて注目を浴びる快感が堪らない、またはそのスリリング感・・・等々

露出とはそれ単体のみにあらず、そもそもが様々な性的趣向を含んだものを「露出」と、まとめて1つにカテゴライズをしているだけなのかもしれません。

そして性癖とは「性の性格」のようなもので、決してルーレットのように適当にその人の性癖が決まっているのではなく、その人のパーソナリティを大きく投影している場合が多いと感じています。

私の印象では

「活発な精神を持っている人」「正義感が強い人」「マナーやモラルの感覚に優れている人」

特にこんな人が露出を好きになる傾向が強いと感じています。

逆に考えてみると、例えば、

「電車や待合室等で、携帯や荷物などをいじってて、隣の人に肘とか当たっても何とも思わない人」「道を塞いでることに気付かない人」「電車の扉のところに位置取り、窓に背を向けた状態でいる人」「平気で横入りをする人」 「その他様々な鈍感な行動をとる人」

こういった人は基本的に露出という性癖にはなりえない といった構造は確かにあるように思います。

そもそも「露出」とは、一体何なのでしょうか?

それが自分の性癖として当たり前のように定着してはいるものの、今一度立ち止まって、露出とは何なのかという事について、考えてみる機会というのはあまり無いのかもしれません。

例えばこんなことを思う時があります。

街中を超ミニスカで歩いていようものなら、通行人からかなりの注目を浴び、好奇の眼差しで見られたり、時には避難されたりもしますが、

しかし海水浴に行けば、全員が肌を露出しまくり、超ミニスカなんてものじゃないです。 脚なんて出して当たり前、大事な部分しか隠していない、考えようによっては、「これだけ大勢の前でこんなに大胆な格好をしているかなりの露出プレイ」と捉えることも出来るはずなのですが、露出プレイとしては成り立っていないのです。

よくよく考えてみるとですが、これって不思議なことだな と思うのですが、いかに人は相対的に物事を判断しているかということがよく分かります。

絶対性で物事を判断した場合に、街中の超ミニスカなんてのはかわいいもので、海で水着姿で遊んでいる人たちの方が、よっぽど卑猥な姿をしているド変態となるはずなのですが、面白いことにそうはならないのです。

つまり「露出」とは、その場にある モラルを逸脱すること と言えることもでき、

また、このモラルやマナーといった感覚に優れている人ほど、「こんなところでこんなことをしている」と感じる度合いが大きくなり、それが快感に繋がってしまう という構造が1つあるのではないかと思いました。

そういう意味では露出好きな人は、基本的に良い人が多いとは思うのですが、それでいながらどこか「自分本位」な部分も、同時に持ち合わせているのかもしれません。

まぁ人間は誰しも、良い面だけを持ち合わせている訳ではありませんし、自分本位というのは上記に挙げた「活発な精神」という要素と少し類似している部分もあるのですが、

こういった要素が、露出という性癖に繋がっているのではないかと、思うところがあります。

露出プレイというのは世間的に必ずしも良いと思われてる行為ではなく、非難の対象となることもあり、露出=何やらとんでもない事をしているかのように思われているところもあるかと思いますが、「海で遊んでいる人達なんて、大勢の前でほとんど裸じゃん!」と言えなくもないように、

よくよく考えると、そこまで大したことはしていないとも言えるのです。(もちろん露出の程度にもよりますが)

例えばレイプや痴漢といった行為であれば、相手が望んでいない場合その人を傷つけてしまう可能性が高いです。

人に危害を加える訳では無い、精神的に傷を負わせる訳ではない、だた少し街中の皆さんが人によっては不快になる 露出プレイにおける実質上の迷惑というのは、よくよく考えてみるとかなり少ないもので、

考えようによっては、街中で歩きタバコや地面にポイ捨てしている人より、露出行為の方がマシなのでは という見方もできるのではないでしょうか。

最後に

こういう事を書きましたが、私は露出行為を正当化したいとまでは思っていませんし、正当化はできないと思います。

ただ人は、それぞれ自分の性癖と向き合って生きていかなければいけません。 露出という性癖も1つですが、人によってはもっと生き辛い性癖を抱え、時にはそれが社会的に犯罪とみなされてしまったり、苦しんでいる方もいらっしゃると思います。

性癖を完全に消し去ることは難しいですが、考え方や捉え方によって、少し趣向が変わったり、自分の成長と共に性に対して何か変化があったり等、「必ずしも不変ではない」ということは、確実に言えると思います!

当記事が何かを考えるきっかけになったり、ヒントになったり、気持ちが少し楽になったり等、誰かにとって少しでもお役に立ってくれれば幸いです。

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